知恵や雑学のためになるかも日記
2013年09月17日

トルコは なぜ親日なのか

先日、トルコのカッパドキアで、女子大生2人が死傷した事件が
ありましたね。

悲しい出来事ですが、その後のトルコの人たちの行動を見て
感動しました。

それは、「 ごめんなさい 」とか、「 ご冥福をお祈りします 」
などといった横断幕や、メッセージを掲げたり、日本の国旗を
たくさん立てて、追悼の意を表していました。

事件のあったカッパドキアには、日本からも、たくさんの旅行者が
訪れる、人気の観光地だそうです。

当然、観光客を減らしたくないという、地元の思いもあるでしょうが
それ以上に、「 日本は友達 」 といった思いを感じました。

もともと、親日家が多いといわれるトルコ。

そのきっかけとなったのが、「 エルトゥールル号遭難事件 」 です。

1890年に、オスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の
軍艦エルトゥールル号が、日本を訪れ、帰路についた際、台風による強風で

現在の和歌山県串本町沖にある、紀伊大島の樫野埼東方海上で座礁、
水蒸気爆発を起こし沈没します。

これにより、司令官オスマン・パシャをはじめとする、587名が死亡、
または行方不明になる大惨事となります。

当時の大島村(現在の串本町樫野)の住民たちは、総出で、
救助と生存者の介抱に当たります。

この時、台風により出漁できず、食料の蓄えもわずかだったにもかかわらず
住民は浴衣などの衣類、卵やサツマイモ、それに非常用のニワトリすら供出
するなど、献身的に生存者たちの救護に努めました。

この結果、69名が救出され、生還することができたのです。

このエピソードは、2002年、日本で開催されたサッカーワールドカップ
( ベスト16で日本とトルコは対戦 ) 時に、紹介され、広く認知されるように
なりました。

最近では、トルコとの友好関係を語るエピソードとして、テレビや本などでも
多く紹介されています。

もちろん、それだけではなく、日本からの経済協力も
親日に影響しているでしょう。

逆に、イラン・イラク戦争時には、在イラン邦人を救助してくれたのは
他ならぬトルコです。

長い年月をかけて、築き上げた信頼関係は、そんな簡単には
なくならないんですね。

事件は、悲しい出来事でしたが、これからも、トルコとは
良い関係を続けていってほしいと思いました。






posted by ゆずMAN at 20:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 話しのネタ・雑学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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